“カラシニコフ・インタビュー‘25”

 拝啓 師走の候。
 季節の進み方が早いと思う今日この頃です。

 去る11月10日から12日まで3日間、ロシアの有識者10人とZOOMで会見しました。この試みはパンデミック禍の2019年9月にスタートして、早や第6回目を数えます(日ロ学術報道専門家会議主宰)。

 会見の目玉は、ウクライナの政治学者K.ボンダレンコ氏でした。

 「今朝5時、国家汚職対策局の捜査官が100人を超える政財界要人の家宅捜索に入った」
 件の巨額汚職スキャンダルが報じられたのは、その翌日でした。

 今回、捜査を主導した国家汚職対策局(NABU)は、特別汚職対策検察(SAPO)と並んで、既存の検察・司法組織とは別に、大統領と政府、議会から独立した組織としてマイダン政変後、西側の要請で創設されました。

 同氏によれば、両組織は「アメリカ連邦捜査局(FBI)の監督下」にある由。本件は、トランプ米政権による政治的圧力の可能性が高いと私は見ています。ゼレンスキー政権が大きな苦境にあることは間違いありません。
 短いコラムを「巨大利権と化す西側支援」と題して書きました(時事配信11/25)。ご笑覧賜れば幸いです 詳細はこちら

 他方、ZOOM会見で、L.グドコフ氏(レヴァダ世論調査センター前所長)やA.コレスニコフ氏(政治ジャーナリスト)の発言には、リベラル派に属する人々の閉塞感が滲んでいました。

Q:プーチン政権は盤石か?
A:支持率は84%。状況は変わらない。情報空間が完全に管理されているし、国民は不満があっても黙っている。政権の不安定化も考えにくい。国民は忍耐強い。不満は自分の中にしまっている。経済が悪化したぐらいで政権が動揺することはない。

(L.グドコフ氏との会見から)


Q:「プーチンのロシア」で生きるとは?
A:社会の統制は個人生活までは及んでいない。市場経済が続いていることも救いだ。その点で全体主義とも異なる。ロシア社会はスターリン時代よりも、むしろ1930年代のナチズム下のドイツに似ているのではないか。ある人はロシアを離れ、ある人は残る。残った人々は影響力を持ち得ず、自らルールにしたがって、自分を守りながら生きる。

(A.コレスニコフ氏との会見から)

 また、経済について語ってくれたN.ズバレヴィツチ女史(モスクワ大学教授)は、端的な応答のニュアンスに、あきらめに似た思いを託しているようでした。

Q:(経済面から見て)いつまで戦争を続けることができると思うか?
A:ずっと長く。フランスの財政赤字をご覧なさい。ロシアのそれはGDPの3%。
Q:生活面で困ることは?経済が悪くなると国民の間に不満が広がるのでは?
A:まったくない。食料品も日用品も何でもある。不足はない。物価は上がるが、国民は無駄な消費を抑えて節約する。なぜインフレになったのか、深くは考えない。中銀のせいにする。

(N.ズバレヴィツチ女史との会見から)

 戦争そのものは、とうに煮詰まっています。また、ウクライナの戦時財政が窮していることは、先月記した通りです。「リソースはあと数ヵ月しかもたない」。11月はじめにゼレンスキー大統領が軍幹部との会議でそう発言したと、K.ボンダレンコ氏は述べました。

 したがって問題は、終わり方です。

 会見の抄録はこちらをご覧ください 詳細はこちら

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、毎月1日にご挨拶に代えて更新しています。

 振り返ればこの1年、世界はトランプ、習、プーチンを軸に回転してきたように思います。米・中がG2として向き合って、日本を含む小さなG7有志たちを振り回す。他方、ロシアについて問題は、ウラジーミル・プーチンほどの政治指導者が他にいるように見えないこと。

 今年もいろいろお世話になりました。
 中国ウォッチャーの結城隆さんには、毎月、素晴らしい論考を寄せていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。
 少し早いですが、メリークリスマス!
 そして、穏やかな年の瀬でありますように!

心をこめて

 2025年12月1日

西谷公明


イエロー&ブルー
講演を終えた帰り道で

“コーカサス、中央アジアの旅から”

 前略 皆様には、益々ご清祥のことと拝察します。

 「トロントから24時間かけてキーウの寒いアパートへ戻った後、空襲警報と攻撃で眠れない夜を過ごしている」

 カナダの旧友(ウクライナ移民です)から懐かしいメールが届いたのは数日前のことでした。彼からのメールは続けます。

 「もしウクライナ人を一語で言い表わすとすれば、“resilience” (困難から立ち直る力) がふさわしいと思う。人々は、戦争のすべての残虐行為にもかかわらず、いつも通りに生きようとしている」

 きっと、そうなのだろうと思います。しかしながら、<銃>も<パン>も西側頼みの戦いには、はじめから限りがありました。なぜならウクライナにとり、支援が滞りはじめたときが、終わりの始まりでもあったのですから。

 トランプ政権はウクライナに対する財政支援を停止し、無償だった兵器供与を有償にしました。他方、いまのヨーロッパに、それを肩代わりするだけの力はないようです。

 独キール世界経済研究所の調査(Ukraine Support Truck)によれば、米国の対ウクライナ軍事支援額は2022年2月から24年12月までは月間平均約17億800万ユーロで推移していましたが、25年上半期には8,000万ユーロへ急減し、7₋8月にはついにゼロへ転じています。

 他方、欧州連合(EU)は、ウクライナの戦時経済を支え、この先見込まれる軍事費を融資するための財源として、ベルギーのユーロ・クリア(国際的な証券決済機構)に預けられたまま凍結されているロシア中銀の金融資産(約1400億ユーロ)を活用する案(いわゆる賠償ローン」)を検討しているようですが、皮肉にもそれは、ヨーロッパがウクライナ支援にための財源に窮しつつある現実をいみじくも物語っています。

 戦争の終わりは近いだろう、と私は見ています。

 11月13日(木)午後2時より、海外投融資情報財団(JOI)主催のグローバルトピックセミナーで「ロシア・ウクライナ戦争-霞む和平-」と題して講演します(オンライン併用)。

 はじめに-“はざまの国”
 1.トランプ “平和翁”
 2.ロシア経済の先行き
 3.すべての支援は有限である
 まとめ-コウノトリは何を思う

 ご視聴のお申込みは下記リンク(西谷専用)をご利用ください。
 https://www.joi.or.jp/seminar/s251113/?tmp_mode=guest


 ところで、私はいま、米カリフォルニア州フリーモントに滞在しています。

 サンフランシスコ湾の南、サンノゼやスタンフォードから近いこの界隈には、グーグル、アップルやメタ、エヌビディアなど、いわゆる“マグニフィセント・セブン”と呼ばれる米国の巨大テクノロジー企業で働く若い中国人が数多く住んでいます。

 彼らの多くは米国の大学を卒業し、研究者や技術者としてキャリアを積むか、あるいはファーウェイやシャオミなど、中国深圳のテクノロジー企業から経営者・管理者として派遣され、アメリカで働きながらグリーンカード(永住権)を申請しつつ、ここで転職してキャリア・アップを目指します。

 当地にいると、こうした中国の若い頭脳が、AIや半導体、バイオ素材の開発など、アメリカ産業の可能性を支えていることを実感します。
 また、ここには数は少ないながらも、自由で闊達な研究環境を求めて海を渡った日本人もいると聞きます。若い研究者たちの活躍にエールを贈りたいと思います。

 本オフィシャルサイトは、これまでお世話になった、あるいは一期一会のご縁に与かったすべての皆さまに宛てて、日頃のご無沙汰をお詫びしつつ、毎月1日にご挨拶に代えて更新しています。

 10月30日発の東京行きで帰国します。
 時節柄、どうぞご自愛くださいますように。

心をこめて

 2025年11月1日

西谷公明 
(10月27日記)


フリーモントの街角にて

プロフィール

西谷 公明(にしたに ともあき)

1953年生まれ

エコノミスト
(合社)N&Rアソシエイツ 代表

<略歴>

1980年 早稲田大学政治経済学部卒業

1984年 同大学院経済学研究科博士前期課程修了(国際経済論専攻)

1987年 (株)長銀総合研究所入社

1996年 在ウクライナ日本大使館専門調査員

1999年 帰任、退社。トヨタ自動車(株)入社

2004年 ロシアトヨタ社長、兼モスクワ駐在員室長

2009年 帰任後、BRロシア室長、海外渉外部主査などを経て

2013年 (株)国際経済研究所取締役・理事、シニア・フェロー

2018年 (合社)N&Rアソシエイツ設立、代表就任

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  • ウクライナ 通貨誕生-
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    ウクライナ 通貨誕生-
    独立の命運を賭けた闘い

    岩波現代文庫、2023年1月

  • ロシアトヨタ戦記

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    ロシアトヨタ戦記

    中央公論新社、2021年12月

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    目次

    プロローグ
    第一章 ロシア進出
    第二章 未成熟社会
    第三章 一燈を提げて行く
    間奏曲 シベリア鉄道紀行譚
    第四章 リーマンショック、その後
    エピローグ
    あとがき

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    大陸の胎動を読み解く地政学

    ミネルヴァ書房、2019年10月

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    目次

    関係地図
    はしがき-動態的ユーラシア試論
    序 説 モンゴル草原から見たユーラシア
    第一章 変貌するユーラシア
    第二章 シルクロード経済ベルトと中央アジア
    第三章 上海協力機構と西域
    第四章 ロシア、ユーラシア国家の命運
    第五章 胎動する大陸と海の日本
    主要参考文献
    あとがき
    索 引

  • 通貨誕生-ウクライナ独立を賭けた闘い

    著 書

    通貨誕生-
    ウクライナ独立を賭けた闘い

    都市出版、1994年3月

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    目次

    はじめに
    序 章 ウクライナとの出会い
    第一章 ゼロからの国づくり
    第二章 金融のない世界
    第三章 インフレ下の風景
    第四章 地方周遊~東へ西へ
    第五章 ウクライナの悩み
    第六章 通貨確立への道
    第七章 石油は穀物より強し
    終 章 ドンバスの変心とガリツィアの不安
    後 記
    ウクライナ関係年表

研究調査

ロシア、ウクライナ研究をオリジナル・グラウンドとし、 ユーラシア全体をキャンバスとする広域的なテーマを中心にして実践的な研究調査をおこなっています。

講 演

「ロシアとウクライナ」を軸として、冷戦終結後の30年を振り返りつつ、(一社)内外情勢調査会をはじめさまざまな場所で、心に響く講演を心がけて発信しています。

西谷公明オフィシャルサイト
Tomoaki Nishitani official site

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